★ 殺人鬼の共闘 ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-4037 オファー日2008-07-29(火) 01:58
オファーPC ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
ゲストPC1 クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
<ノベル>

 夏の日の放課後は、ひどくだるいものだと、ジェイクは思う。
 図書館で課題をこなしていた帰りなのだが、頭脳労働はこれで馬鹿に出来ない。勉強自体は嫌いではないが、それにともなう精神的な疲労は、いかんともしがたかった。
 ムービースターとて、感覚は常人と同じ。蒸すような暑さと、一仕事終えた後の倦怠感が、彼を包んでいる。

――これが、学生の、生活というものか。

 日常の中で、自分でスケジュールを組み立てて、課題をこなしていく。その過程はひどく新鮮に思え――このだるさも学生の特権と考えれば、捨てたものではなかった。
「ン? ジェイクくんじゃあないカ。こんな時間まで、図書館でお勉強カイ?」
 声のする方に振り返れば、そこには彼の知る教師がいた。
「……あんたか」
「勉強熱心で感心だネ。でも、遅くなるのはいただけないかナ? さ、早くお帰リ。最近は色々物騒らしいからネェ?」
 この銀幕市に、物騒でない時期など、あるのだろうか――と、ジェイクは思う。治安が悪いわけではないのだが、ハザードはいつ起こるかわからない。付け加えるなら、ムービースターの中にも、物騒な連中もたくさんいる。何しろ、目の前の男からして、尋常な相手ではないのだ。
 老人でもこうはなるまい、と思えるほどの真っ白の髪。真っ赤な瞳は病的で、しかも右目には深い切り傷がある。さらに左目は糸で縫合されており、他にも痛々しい傷痕には事欠かない。極め付けに、肌の血色は悪いを通り越して、すでに死人の色であった。
「……もう、今日の課題は終わったから」
「そうかイ。キミは課題を早めに終わらせる方なんだねネ。うん、それはいいコトだヨ。最終日に慌てるよりは、よほどイイ」
 クレイジー・ティーチャーといえば、この学園の名物教師である。もとはホラームービーの主人公であり、不死身の殺人鬼として、観客を震え上がらせた人物。解りやすいほどに異常な容姿は、その出典を鑑みれば、当然といえるものであったろう。
「仕事、は?」
 校舎内で、教師と会うのは珍しいことではない。が、この夕刻、図書館の利用時間ぎりぎりまで粘っている者は、少なかった。クラブ活動も、すでに終わっていなければならない時間帯であるし、事務員も帰宅して久しいはず。
 それだけに、何か残業らしいことをしているのではないかと、ジェイクは考えたのだが。
「勤務は今終えたところでネ。明日の授業の準備に忙しくて、こんな時間まで掛ってしまったケド、後は帰るだけかナ。――ああ、モチロン。キミが望むなら、個人指導は出来るヨ?」
「それは、いい」
「受けてくれるってコトなのかイ?」
「……そっちの意味じゃない」
「それハ残念」
 ジェイクとて、冗談は理解できる。クレイジー・ティーチャーがそのつもりで口にした言葉を、まともに受け取ることはない。
 クレイジー・ティーチャーは、その外面からは想像しにくいが、とても生徒を大切にしている。学生の居残りを、さらに推奨するような行いは、本意であるはずがなかった。また、ジェイクの方も、それと察する程度には、彼の事を理解しているつもりだった。
「ところで、どうかナ? 学校ハ、楽しい?」
 ジェイクにとって、その問いはあまりにも漠然としすぎていた。ここで率直に楽しいと答えられるほど、彼は素朴な人柄でもない。
「……難しい。楽しいと、言い切れるだけのものを、得られたか……どうか」
 といって、学校に通うのが嫌な訳ではない。むしろ、望んだ事をしているのだ、という意識が強く、充実感をもって通っているのが現状だった。
 だが、貴重な体験をしているような感じが、ずっと付きまとっていて、慣れた今でも戸惑うことがある。好意的であるにせよ、即座に答えられるほどはっきりしている訳でもなく。嫌うには思い入れがありすぎた。難しいと評する以外に、自分の感情を表す言葉を、彼は他に知らない。
「それは、難儀だネェ。……ボクにはチョット、わからないかな? うーん」
 ジェイクは別に理解を求めていたつもりはないが、クレイジー・ティーチャーは真剣に考えたらしい。(物理的に)頭を捻った末に、わからないと結論付けるが、脳内ではさらなる考察が続けられているのだろう。
 生徒に関わることとなれば、いくらでも労力を費やせるというのが、この教師の長所である。ジェイクもそれは認めていたから、彼のどんな発言も、不快には思わなかった。特別に好意を抱いたわけでも、なかったのだが。
「……じゃあ、また。CT」
「またネー。悩みがあって、ボクに出来ることがあるなら、何でも言うんダヨ?」
 適当に会話を続けているうちに、二人は玄関にたどり着く。明日の授業に思いをはせながら、両者は靴を履き替えて、校庭に向かおうとしたところで――。
「ん?」
「アレ?」
 彼らは、ほぼ同時に異変に気付いた。そして、玄関にある校庭への扉が閉じたのもまた、同時期であった。
「おかしいナ。そんなに強い風が出ているワケでも――」
 校舎が大きく揺れたのは、その数瞬後。怪訝に思ったクレイジー・ティーチャーが、扉へ寄る前にそれは起こった。
 轟音と共に、二度目の揺れ――これは、地震といっても差し支えない規模であった。ほんの短い間であったが、明らかに異質なこの現象。これは、二人にムービーハザードの危機を警戒させるのに、充分すぎる出来事である。


 とにかく、すぐに災厄が降りかかってくる様子はない。ならば、現状の把握こそ急務であった。
 ジェイクとクレイジー・ティーチャーは、元はホラームービーの殺人鬼。少々のことでは驚かないし、異常事態でも活発に行動できる、稀なる人種といって差し支えない。
「見える範囲で、校庭に異常はない。校舎から離れてる、部室練も……大丈夫か」
 視覚から得られた情報を、整理するようにジェイクは呟く。直感的に、良くないことが起こっているとはわかるのだが、具体的にどうとも、結論は付けがたい。なんといっても、情報が少ないのだ。

――よく、あるよな。……こういうシチュエーション。

 玄関の扉は、どんなに力を込めても開かない。何らかの力が働いていることは、間違いなかった。中の人間を閉じ込める、という性質からいって、大元はホラームービーのハザード? だとすれば、早めに動かねば、被害が出るかもしれない。居残り組は、何も彼らだけではないのだから。
「ジェイクくん、とても大事なコトだから、本気で答えてホシイ」
 ジェイクの方から危惧を口に出す前に、クレイジー・ティーチャーが問いかけに来る。それも、今までにない雰囲気で。
「ボクは、この時間帯まで活動している部ハ、そう多く知らない。職員室にも、誰もいないことは確認してる。……キミが出て行く時、図書館には誰いたかイ?」
「読書部が数人と図書委員。……それに、教師が一人、いた」
「ああ、ヤッパリ。利用時間の延長届けが、出ていたような気がしたんだ」
 何よりも優先すべきは、人命の救出。二人の目的は、ここでぴったりと合わさった。
 銀幕の中では観客を恐怖させる側の者たちが、この市においては救いの主となる。その条理のレトリックを、なんと言い表せばよいだろう。
「図書館までは、五分と掛らない。……何もなければ、だが」
 そんなことは、ありえない。ここまでの異常事態において、何の障害も起こっていないとするなら、そちらの方がよほど不気味だ。
 周囲の環境も、見ている端から変化している。平成の時代に改修した、新しい内装も、徐々に古びた廃校を連想させるものになっていくではないか。赤錆びた鉄のような、異臭も漂ってきている。化物が現れても不思議ではない雰囲気だろう。
「ボクは、行くヨ。付いてくるかい?」
 クレイジー・ティーチャーは、そんな周囲の変容も、眼中にない。ただ現実を知って、やるべきことを行なうだけだ。彼の行動原理は単純なだけに純粋で、この後の及んで迷う余地を与えない。
「……手分けしたほうが、効率はいい」
「でも、アテはないよね。だったら、一緒に動いてもイイんじゃない?」
「誰かと協力して、動くのは苦手だ」
「ソレは大丈夫。ボクがちゃんとフォローするから」
 ジェイクは、折れた。
 言い争う時間も惜しいし、真面目に人命が掛っている。彼は普通の学生として、今を生きている。共に教室に通う同級生は仲間だと思えるし、教師と校舎はこの環境を象徴するものだ。ならば、学友を助けずに放置するという手段は、どうあってもとれない。
「わかった。同行する」
「そうこなくちゃネ。――じゃあ、付いてきて」
 救うべき生徒のために、クレイジー・ティーチャーは廊下を駆け出した。その途中で出くわすだろうリスクには、目もくれずに。そしてジェイクも、それに続いた。

――早く、しないと。

 彼は一秒も早く、いつもの日常に帰りたいと思う。そして、今日と同じ日を、明日も過ごしたいのなら、誰一人として欠けてはならないのだ。その為に障害となるものは、全て排除する覚悟だった。



 予想にたがわず、校舎内は異常に包まれていた。あるはずのない廊下が出現し、本来ならあるべき扉が消えてなくなっている。さっきまで通れた通路も封鎖され、図書館まではまったく別の方向から進むしかない。教室の扉は、たいていが壊れて開かなくなっており、探索さえまともに出来ぬという有様だった。
 さらに付け加えると、最大の障害は、死人の色をした、狂った人間が襲い掛かってくることだ。白衣を着た、顔の造形の崩れた男達が群れを成して襲ってくる様は、どこかのクリーチャーか、ゾンビのようで。まさにホラームービーらしいといえる。
 もっとも、この二人からしてみれば、そんなものは脅威でもなんでもない。ただ時間を取られるだけで、難なく屠り続けている。誰もが何かしらの凶器を手にしているのだが、扱いが理性をなくした獣そのもので、児戯に等しい。
「なんだイ? キミタチ、わざわざ潰されに来たノ?」
 クレイジー・ティーチャーは、この愚鈍な肉塊を相手に、まったく容赦がなかった。手にした金槌で、次々と男達を排除してゆく。
「ケけけ」
 振りかぶって、振り下ろす。たいして力を入れたようにも思えぬ、その動作で、頭蓋骨は削れ、脳髄が打ち撒かれる。金槌には血がこびりつき、鉄の黒色の上に紅の装飾を加えた。
「ヒャ、ヒャハ。ヒャハハはハァハハハ――」
 クレイジー・ティーチャーは、得物を通して伝わる、肉の潰す音、骨を砕く衝撃に酔いしれた。ひとしきり酔いしれながらも、さらなる刺激を求めるように、彼は一人、また一人と犠牲を増やしていく。
「アッハハ、ハーッハッハッハッハッ!」
 頭蓋を割る。袈裟懸けに肉を抉る。金槌を振るうたびに、舞い散る血潮、飛び出す臓物に恍惚を覚えながら、彼はものの見事に障害を排除した。それはもう、掃討といってよいくらいの、行動であった。
「ごめんネェ? 本当は、もっとォ、丁寧にしてあげるンだけど。今は、急いでるンダ」
「……本当にな。――遊んでないで、いくぞ」
 クレイジー・ティーチャーが派手に動いている中、ジェイクは淡々と仕事をこなしていた。
 アイスピックで、急所を貫く。まるで芸術的――とも表現できる正確さで、彼は打ち洩らされた敵を倒していたのだ。そこには、クレイジー・ティーチャーのようなある種の華やかさはない。ただ研ぎ澄まされた、殺人の術があるのみだ。
 するりと死角に入り込み、一息にアイスピックを突き入れる。それはまるで、吸い込まれるように自然で、流れるように綺麗な動作だった。洗練すれば、いかなる外道の技も、神聖に見える。この彼の行動自体が、その証明となるだろう。
 周辺が綺麗に掃除された事を確認すると、改めて二人は先を急いだ。いくばくかの不審も感じたが、ジェイクにとっては追求する気も失せるほど、細かいことである。
「ああ、モウ。手ごたえはあるのに、死体が残らないってのハ、ヤな感じだネェ?」
「……どうでもいい」
 先ほどまで飛び散っていた血液も、内臓も、今やどこにも存在しない。生産する端から消えていくのでは、臨場感などあったものではないのだろう。クレイジー・ティーチャーは、今ひとつ昂揚感に達しきれず、妙な気分のまま進んでいく。
 ジェイクは特に興味も示さず、ただあるがままに受け入れた。クレイジー・ティーチャーはまだ理解していないが、殺しを行なったことで、ちょっとした興奮状態になっている。相手が人間であろうがなかろうが、もう一度死線を踏めば、殺人鬼『血染めのダリオ』が現れよう。ジェイクにとっては不本意だが、もはや止められる状況ではない。軽い諦めと共に、彼は衝動を余す所なく味わうことにした。
 静と動の殺人鬼は、その行いから、抱く感想まで、正反対。それでいてぴったりと連携するように戦うのだから、存外に相性は良かったのかもしれない。前言とは違い、フォローはジェイクの方がしているのだが、いまさら突っ込むことでもなかった。

――有象無象は、ただ消え行くのみ、か。

 それはそれとして、この場はすでに常識では推し量れぬ空間である。遺体が残らぬ、という程度の異常なら、まだしも可愛らしい。
 第一、ホラーのジャンルでは、整合性や合理性など、追求するほうが野暮と言うものだ。その程度の事を、ジェイクは深く考えない。
「それにしても、妙な雰囲気だネ。見慣れた学校が、今ではもう見る影もないヨ」
 それは、ジェイクも同感だった。進めば進むほど、辺りの様子がおかしくなっているように感じる。
「……これが、ムービーハザード、か」
 非常口の灯りから、階段の手すりに至るまで、明らかに別のものに摩り替わったように見えた。ジェイクには、廃校どころか、まるでどこかの病院の中にいるように感じられた。
「まるで、病院ダネ? そういえば、あの連中。白衣を着てたナァ……」
 ジェイクが感じたのと同じように、クレイジー・ティーチャーもまた、似た印象を抱いていた。ここで二人のムービースターが、同じ結論に至ったとしたら、それはもう考慮すべき現実である。このハザードにおいては、病院と学校が融合してきているのだと、そう結論付けざるを得ない。
「……看護婦」
 今度の相手は、女性であるらしい。らしい、というのは、体つきから推測できるだけで、顔が潰れていたから。ただ強い光を放つ目だけが、印象的だった。
「アレは一目でわかるよネェ。――なんでか知らないケド、予想は大当たりらしいヨ?」
 クレイジー・ティーチャーが暢気にしゃべっている間に、ジェイクは動いた。
 速攻をかけた、というべきだろう。敵は一人だったが、油断できる相手ではない。看護婦の手には、拳銃が握られていた。それをこちらに向けた時点で、脅威と判断するには充分すぎる。
「――ッ!」
 一直線に駆け、至近距離に。走っているうちに、アイスピックからナイフに持ち替え、看護婦の前でそれを切り上げる。拳銃を持っていた右手は宙に飛び、返す刀で首筋へナイフを振りぬく。勢いを殺すことなく、無駄なく攻撃へ回した結果――銃声は廊下に響かず、ただ地に落ちる硬い音を鳴らすのみ。
「オ見事」
 喉元から、血を噴出して、看護婦は息絶えた。膝を付き、瞳はぐるりと白目を剥かせ、うつ伏せに倒れる。この一連の動作も、クレイジー・ティーチャーには美しく見えた。だからこその、賞賛。
「早く、行くぞ」
 だがジェイク……あるいは血染めのダリオにとっては、さほど特別なことでもない。無感動に、その賞賛を聞き流した。
「ソウダね。しかし、手がかりがホシイなぁ。地図があってもイイのにナァ。このままじゃあ、どこをどう進んだらいいのか、わからないヨ」
「……それには、同意する」
 が、愚痴を言っても仕方なきこと。今は、せめて被害が出ていないことを祈りつつ、進むしかない。そう思っていた矢先――。

「いィやァァァ――!」

 聞こえる、悲鳴。今度は即座に反応したのは、クレイジー・ティーチャーの方だった。
「ウオァァァ――ッ!」
 血の陶酔を振り切って、今、彼は全速力で悲鳴の方角へと駆け出していた。すでに彼の頭の中には、まったく別の感情が渦巻いている。
「助けて――!」
 更なる悲鳴が、クレイジー・ティーチャーを突き動かした。もはや障害を排除することに、楽しみを見出す余裕などない。
「ドゴダァァァ――ッ!」
 声のする方向へと、ただひたすらに走る。ジェイクは、それについていくのが精一杯だった。人間の筋力で、考えられる限り最高の速度を、この時のクレイジー・ティーチャーは出していたように思われる。
 その急いでいる最中に、またしても多くの化物看護婦と、死人医師に出くわす。もう、クレイジー・ティーチャーは半ばブチ切れかけていた。
「ヒィィヤアアアア――!」
 どこからともなく取り出した大型チェーンソーで、なぎ倒し、突き進む。血と膿、ありとあらゆる体液を飛び散らし撒き散らし、また自分の体にも引っ被りながら、クレイジー・ティーチャーは前進していった。
 奇声をあげながら、鬼のような形相で惨劇を作りつつ、生徒の元へと向かう。この有様を真っ当な人が見たならば、失神どころか、一生のトラウマになることは間違いなかった。
 だが、本人はいたって真剣に、人助けを行なおうとしている。この残虐行為もその表れで、綺麗に倒してあげる余裕がないために、肉片を飛び散らしているのだ。一抹でも理性を残しているだけ、良く踏ん張っていると言ってよいだろう。……客観的に、どう写るかは別にして。

――あそこか。

 クレイジー・ティーチャーが道を空けた後を、ジェイクは付いて行く。そして見覚えのある廊下を抜けて、たどり着いた先は図書館だった。これでようやく、目的の場所にたどり着けたのである。
 異変が起こってから、時間にして十五分程度だろうか。言葉にしてみれば短時間のように思えるが、この有様である。巻き込まれた生徒たちの安否が気遣われた。
 ここでも、真っ先に突入したのは、クレイジー・ティーチャーだった。白衣を赤に染め、むせ返るほどの血の臭いをさせながら、彼は生徒の姿を探す。
「どこだ……ドコダ……」
 血走った目と、人肉の脂がこびりついたチェーンソー。これではクレイジー・ティーチャーの方が、悪役ではないかと、ジェイクは密かに思った。それでは生徒も怯えてしまうだろうと、指摘するだけの気力もなかった。見た目はあれでも、善意に満ち溢れているのは確かなのだ。……なら、黙っていてもよいではないかと。そう判断する。

――探るか。

 クレイジー・ティーチャーにはもう目もくれず、彼は探索に乗り出す。これだけ広い場所なら、脱出の為の手がかりがあっても良いはずだと思ったから。
 ……あの状態のクレイジー・ティーチャーを放置して、生徒の安否すら確認する前に、真相を究明する。冷静に見えて、ジェイクの方も、しっかりと狂気にあてられていた。


 クレイジー・ティーチャーは、縮こまって、部屋の隅にいた生徒達を発見した。無事を確かめた一瞬、顔を緩ませるが、すぐに鬼の形相へと変化する。
 その生徒ににじり寄る影があり、この者の手には、斧が握られていた。ぼろ衣を纏った、異様な風貌。骨格と体格から、性別が男であることも確認する。――が、クレイジー・ティーチャーにとって、要点は唯一つ。自分の生徒に危害を加えようとしている。その事実だけで、激昂するには充分だった。
「ぬぁにをシテイルかァァァ――ッ!」
 それはまさに、殺人鬼が獲物を屠殺する瞬間であった。これが映画であれば、生徒たちは演出と共に、死体と成り果てたことであろう。
 だがここは映画の中ではなく、現実。しかもここは、同じ空想からの産物が、今を生きる街なのだ。条理から逸した化物も、万能になることは出来ない。クレイジー・ティーチャーは間一髪で、生徒たちの危機を救った。

 大声で気を取られた隙に、突進。殺人鬼の男を巻き込んで、図書館内を転げまわる。もみ合った末に蹴飛ばされ、一気に勝負は付けられなかったものの、これで目的は達成されたといえる。
「ハァッ……ハァッ……」
 生徒たちから引き離したことで、まず安全の確保は出来た。後はこれを始末すれば、当面の危機は去る。
「ハ――」
 この殺人鬼を近くで見れば、纏っていたのは単なるぼろ衣ではなく、汚れきった白衣であることが知れる。顔立ちも見てみれば、意外と整っているのがわかったろう。手にした斧だけが、非日常を演出している。
「ヒィヤァーッ!」
 クレイジー・ティーチャーは、もはや精密な計算を行なう知性さえ損なわれていたが、激情のままに最適な行動を行なっていた。すなわち、不死の体を活かした特攻。取りこぼしたチェーンソーに変わって、手にしたのは金槌。この一撃を脳天に食らわせてやれば、それで彼の勝利は決しよう。
「フー、フー、フ――」
 だが、この教師と向かい合う殺人鬼とて、常人ではない。クレイジー・ティーチャーの振るう金槌を巧みに回避し、的確に反撃を叩き込んでいる。大味すぎる攻めになってしまうクレイジー・ティーチャーに比べて、それは洗練された動きであった。
 もう一つの斧を取り出し、両手で構え、片方は金槌をさばき、もう片方でクレイジー・ティーチャーを切り裂く。
「はガッ」
 顎が切り飛ばされた。肉が裂け、白い歯と骨が露出したまま、顔の下半分が床に転がる。
 クレイジー・ティーチャーはこれで、雄たけびもあげることは出来ない。ただ、この程度の損害などでは、攻撃の手を緩める理由にもならなかった。もうすでに、クレイジー・ティーチャーの筋力は、人間と言う種の限界を超えている。
「ごひゅ、ぅ」
 男としての急所を、クレイジー・ティーチャーは蹴りぬいていた。思わず下半身に注意がよった所で、さらに追撃。金槌が男の脳を削った。
「あひ、あふ、あ、あぎ」
 げらげらげら、とクレイジー・ティーチャーの口が健在ならば、そう発したであろう。彼の顔半分の表情は、男の不具を喜ぶように、歓喜に包まれていた。
 この隙が、後の明暗を分けた。クレイジー・ティーチャーは、とどめの一撃をさす前に、したたかな反撃を食らう。
 呻いている男に金槌を向けた瞬間、その手が吹き飛ばされていた。不思議に思う間もなく、今度は左足を蹴り砕かれる。姿勢が崩れ、仰向けに倒れるところを覆いかぶさるように、男は襲い掛かった。

 クレイジー・ティーチャーは、その目で見た。脳の脂が滴る中、男の表情は悪意に満ちた笑顔を浮かべて、勝ち誇っているのを。

「――ッ!」
 頭を欠けさせてなお闘争に酔う男に、クレイジー・ティーチャーは頭突きを食らわせることで、その笑みをやめさせた。体中をばねにして、跳ね起きるように額をぶつけてやる。たまらず離れたところを足にしがみ付き、執拗に食い下がった。何度斧を振るわれても、例えひき肉にされようとも、彼は執念でその手を放さなかっただろう。
「あ――ふぅ」
「すまない。……遅れた」
 ジェイクが背後から、男の脳髄にアイスピックを突き入れ、掻き回す。念入りに念入りに、彼は殺人鬼の生命活動を止めるため、丁寧にこの作業を行なったのだ。
「ぁう、ぁうあふぅ」
 回すたびに、変な音の鳴るミキサー。印象としては、そういうものだった。
 適当なところで、ジェイクはアイスピックを引き抜き、殺人鬼だったものを蹴り飛ばす。そしてクレイジー・ティーチャーの容態を確かめると、呟いた。
「……ひどいな」
 このとき、ジェイクはすでにいつもの自我を取り戻していた。とりあえず、切り取られた顎を持ってきて貼り付ける程度には、相手を気遣う余裕があったのだ。
「イヤー、助かったよ。ドウモ駄目だね。生徒よりも先にブチ切れるなんて、教師失格ダヨ」
「……もっと別に、注意すべきところが――ああ、もう、いい」
「ン?」
 ジェイクは、クレイジー・ティーチャーにまったく自覚がない事を理解すると、何も言いたくなくなった。
 図書館を探索するうちに、別れて隠れていた生徒を発見。これを保護しつつ、皆と合流させたのだが……クレイジー・ティーチャーの戦いを見たのが、まずかった。スプラッター映画もかくや、という戦いの前にあっさりと気を失い、今は資料室の中で休ませてある。
 加勢が遅れたのはその為で、ある意味自業自得と言えなくもないが……。

――この様子では、言っても理解しては……くれないな。

 ジェイクは呆れて、暢気に感謝を表す教師から、目をそむける。
 そして、ありえてはならない事を、発見した。先ほど死んだはずの殺人鬼が、図書館の扉を開け、この場から逃げ出すところを目撃したのだ。
「どうしたのカナ?」
 クレイジー・ティーチャーは、気付いていない。生徒に危害を及ぼすわけでもなく、ただ逃げるだけの相手に、興味は持てないのだろう。彼の鋭い感覚は、むしろ少し離れた場所にいる、大事な生徒たちに向けられている。
「なんでも、ない。……CTは、ここで皆を守っていてほしい。後は、おれがやる」
「ソウ? じゃあ、頼むヨ」
 それでいい、とジェイクは思った。こんな時ぐらい、クレイジー・ティーチャーは、良き教師であればいい。殺人鬼として、同じような意識を持つ仲間でもあるのだが、これ以上後ろ暗い役目を負わせるつもりはなかった。彼には、何よりも大切に思っているものがある。なら、それを最優先にしたらいいのだ。

――ホラーの殺人鬼は、狙った獲物を逃がさない。

 ジェイクは、そうして歩き出した。ゆっくりとした足取りにもかかわらず、彼は自分が相手の先回りをして、目前に立つ光景を想像できた。そしてその情景は、遠からず実現するのである……。



 結論から言えば、全員は無事、学校から脱出できた。ジェイクが殺人鬼の心臓を穴だらけにし、頭を踏み潰したところで、ハザードは収束する。
 あらゆる都合の悪いこと、一切が消えてなくなり、校舎は元の姿へと戻った。巻き込まれた生徒たちも、なぜか恐ろしい目にあった事を覚えていなかった。
「対策課への連絡は済んだヨー」
「……そうか」
「皆、親御さんに迎えに来てもらったシ。災難だったケド、無事に終わって良かったネェ」
 後日、彼の証言から、心当たりのある映画が特定されるだろう。ジェイクが望めば、ハザードの元になった映画と、あの殺人鬼の正体について、知ることが出来る。
「授業」
「エ?」
「授業の準備は――大丈夫か? ……あの騒ぎで、台無しになってたら、どうする?」
 ジェイクは、この事件のあらましなどに、興味はなかった。そんなことよりも、いつもの日常が維持されることに、注意が向く。
「あ、そうイエバ確認してないね。これからスグ、見に行くとするよ」
「なら、いい。明日、おれのクラスも、理科の授業がある。……その時になって、慌てられても。困る」
 そうだったンダ、とクレイジー・ティーチャーが陽気にいう。それなら、より張り切らないとダメだな、とまで付け加えて。
「だって、キミはボクの大切な生徒で、今はモウ、共に戦った同志だからネ? 他を疎かにするワケじゃないけど、特別に思ってるもの。だったら、イイ所を見せなきゃ」
「生徒で、同志……?」
「コレも難しい? 解りやすく言うなら、トッテモ可愛い生徒、ってところカナ」
 クレイジー・ティーチャーの言葉に、感動したわけではない。
 だが、ジェイクの心の中に、何か暖かい感情が生まれたことは、否定しきれない。彼は、露骨な行為に対して、どう返せばよいのか、わからなかった。
 この後すぐに彼と別れて帰宅するのだが、その間ずっと、クレイジー・ティーチャーの言葉が頭に残っていた。

――わからない。

 やはり、簡単には結論が出せない、あのハザードを通じて、何かわかったところがあったとすれば、やはり彼への認識であろう。
 クレイジー・ティーチャーは、生徒のためならば、いくらでも無理が出来る。無茶を押し通そうとする。そしてきっと、必ず成し遂げるだろう。あの時も、自分の助けがなくとも、どうにかしたに違いない。そう思わせるほどに、クレイジー・ティーチャーの言動は真摯さに溢れていたのだ。
 これからは、彼を見る目を変えるべきかもしれない。そう思いながら、ジェイクは自室への扉を開く。

――理科の、授業。……本当に、何をするつもりなんだろう?

 手早く登校の準備を済ませると、いつもより早く、就寝する。明日の授業を楽しみにする心が、その頃にはもう、芽生えていた。


クリエイターコメント このたびはリクエストを頂き、ありがとうございました。
 想像通りの、出来栄えになっておりますでしょうか? もし設定や口調など、問題がありましたら気軽にご相談ください。
公開日時2008-08-24(日) 20:20
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